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志度ライオンズクラブ結成50周年記念式典と祝宴会
志度LCも50周年を迎えました。スポンサークラブは、高松玉藻ライオンズクラブです。と言うことは、わが高松栗林ライオンズクラブと兄弟クラブになります。親クラブは、時代の要請とは言いながら、その当時の新クラブ結成に多大な影響を与えています。前回の高松紫雲LCも、親は高松玉藻です。

このところライオンズクラブの結成記念式典が相次ぎ、私も色々なクラブに出向いています。ライオンズクラブ国際協会336-A地区4リジョンには、22のクラブがあり、私もL塩田博志が4Rリジョンチェーパーソンをした年に、アシスタントとして鞄持ちで各クラブを回りました。

その折りに、私が志度ライオンズクラブの存在を強く意識したのは、錢谷禎人さんの存在でした。初めての出逢いは、確か4Rリジョンチェーパーソンの公式訪問かその当たりの会合だと思います。慣れない私は、おどおどしていて、参加者の顔も満足に見えていない状態でした。

その中に、錢谷禎人氏がいました。高商の恩師です。先生に「せいかん(誠寛)分かるか」と言われましたが、正直、その時は声掛けて下さった人が恩師の錢谷禎人先生とは分からなかったのです。あの先生が、ライオンズクラブに入会するとはどうしても予想できませんでした。

その錢谷禎人先生は、まさに恩師です。広島大学卒の香川県公務員で、確か新設三木高校の校長を最後に、退官したと聞いています。私も母子家庭で、錢谷禎人先生も母子家庭だと言うことで、目をかけて下さいました。今も英語が苦手ですが、高校時代もう少し早く先生に出会っていたら、また変わっていたかも知れません。

そんな名物男も退会し、残念ながら今日のこの席にはいませんが、志度ライオンズクラブ結成50周年記念式典は、実に興味深い面白い式典でした。秋田県の角館ライオンズクラブとの姉妹提携が20年というので驚きました。またそのきっかけを聞きたいところ。

安永2年夏、銅山調査のために秋田藩に招請された才人平賀源内は、院内銀山を訪れ、次の視察地阿仁銅山に赴く途中の角館に於いて、投宿先の屏風図を見て、この絵を描いた者に会いたいと申し入れ、画家小田野直武と出会うことになります。

宿泊中、惜しげもなく小田野直武に蘭画法を伝授してその後小田野直武は、平賀源内の紹介で、杉田玄白の解体新書の原画を描くことになります。両先哲の縁で、平成7年7月に姉妹提携が成りました。平賀源内は、いろいろなことをやったまさに奇人です。

今もJR志度駅から歩いて少しのところに、平賀源内記念館があります。志度が生んだ、まさに天才の軌跡がここに紹介されています。志度ライオンズクラブ、大山茂樹さぬき市長は既に会員ですが、参議院議員三宅伸吾氏が近く入会されるそうです。まさに、地域に根ざしたライオンズクラブだと言えると思います。





記念ゴルフ大会で3位のL香川明俊

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| 社長日記 | 08:55 AM | comments (0) | trackback (0) |
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