10月11日(水)から四国新聞地域経済欄で、表題の10回シリーズが始まりました。これまで数多くの県人が登場しているのですが、おしなべて心の中を潔く吐露しているのに驚く。前回の岩﨑一雄アムロン会長の記事は、それが一層鮮明であった。そのことを本人に伝えると、ただただ低頭されるだけでした。
速水史朗さんは、教壇に立つ傍ら美術を続けて60年。生まれも育ちも多度津町で、「地域が僕を育ててくれた」と副題がついています。ここで速水史朗さんのことをことさら取り上げるのには理由があって、弊社の社内階段のアール部分に、速水史朗氏の小さな彫刻があります。頂いたものですが、見るたびに何かを訴える作品です。
新聞で見る速水史朗さんの温厚な顔、道ばたで道路に絵を描いていたら、大人たちが人垣をつくって絵をのぞき込んでいる。あちこちから「ぼく、うまいなあ」との声。勝手に手が動いているような感覚。手のそばから、絵があふれ出している。何を描いたか覚えていないが、そう言って褒められると、胸が熱くなるほど嬉しかった。それで、また描く。
シリーズ1回目の掲載は、これで終わっている。勿論高名は私でも知るところですが、お目にかかったことはありません。機会をつくって、会話をしてみたいと熱望するところであります。佐竹文彰氏(元株式会社マルヨシセンター社長)にもそれを感じていましたが、機会を失い、鬼籍に入られました。速水史朗さんは89歳とあります。お元気でさらなる活躍を。