昭和20年8月15日、天皇陛下の玉音放送がラジオから流れて、日本は大東亜戦争(太平洋戦争)の敗戦を宣言した。正式な敗戦宣言は、1945年9月2日、USSミズーリ艦上でリチャード・サザランド中将が見守る中、降伏文書に重光葵外務大臣が署名した時となる。しかしわれわれ日本人は、ラジオから流れた天皇陛下の玉音放送「耐がたきを耐え、忍びがたきを忍び・・・」で戦争は終わったと考えている。
私はもちろんこの時代を生きていたわけではないが、平成最後の、戦争を省みる夏がゆくと日経新聞に書いてある。なかなかの名文ではないか。続けて読むと、1943年10月21日、神宮外苑のこの場所で学徒出陣の壮行会が開かれた。何かの報道で、私も知るところであります。折しもここは、2020東京オリンピック・パラリンピックが開催される新国立競技場。
学徒出陣の壮行会で、答辞を読んだ東大生「江橋慎四郎」さんはこの春97歳で亡くなった。「生等(せいら)、もとより生還を期せず」「今や見敵必殺(けんてきひっさつ)の銃剣を引っ提げ・・・」。確か雨の中の壮行式だったように記憶している。何度も言うが、後の時代のニュースフィルムの記憶にすぎないが。江橋慎四郎さんは、戦争をくぐり抜け、戦後を生き抜き、まさに現代史の証人だった。
戦後73年という時間距離は、明治維新から太平洋戦争の日米開戦までに等しい。かくなる時代に、これまで以上に大切になるのは歴史を多面的に見る努力だ。往々にして歴史は、勝者の都合でその後書き綴られることがある。高校の教育課程で、世界史が必須科目で、日本史が選択だという。これを改めて、日本と世界を繋ぐ「近現代史」の科目が登場するとも聞く。
またこの日になると、靖国神社参拝が注目される。安倍晋三首相は、2013年に靖国神社参拝をしたが、最近は近隣諸国に配慮して参拝は控えている。諸外国との無用な軋轢は、外交上避けるべきだという意見が多いが、一方「靖国で会おう」と約束して散った戦士の無念を思うと、「みんなで靖国神社参拝を」という国会議員団の参拝が正しいのかも知れない。
私は過去にも小欄で紹介しましたが、原田伊織著「列強の侵略を防いだ幕臣たち」を読んでいます。「明治維新という過ち日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト」「虚像の西郷隆盛虚構の明治150年」3部作だと私は思っています。作品の上梓順であれば、「列強の侵略を防いだ幕臣たち」が2作です。気になって、「虚像の西郷隆盛・・・」を先に読みました。
この原田伊織氏が、極左思想なのか極右思想なのか私は知りませんが、ここに書かれていることは、少なくても文部科学省の言う「明治維新」ではありません。西郷隆盛は、テロ集団赤報隊のボスだと書かれています。テロリスト西郷隆盛、西郷隆盛は稲盛和夫塾長の話しにもよく出てきます。意外な一面が、ここに綴られています。
今年の正月、毎日新聞の「明治維新から150年何がめでたい」という記事に触発されて、この時代を正確に描いた(真偽は分からないが)本を探し出して読んでいる。NHKの「せごどん」も歴史を正確に描いているとは言えないかも知れない。何度も言うが、歴史は勝者が書き換えるものだ。昭和94年の終戦記念日、いろいろ思うところであります。