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大晦日の今日は紅白歌合戦と2017年の土地問題についての提言
今月29日の日経新聞一面トップに、「土地相続登記を義務化」という大見出しの記事が掲載されていたのは小欄でも紹介しました。相続登記は任意で、法的強制はありません。私はこれを、「損得の世界」の裏表と呼んでいるのです。

登記した方が得だから登録免許税という税金を支払ってまで、登記をする。これで自分のものだと、主張ができることになります。だから、第三者に負けないスピードで、先に登記する。第三者が先に登記すれば、負けることになりかねません。犯罪行為等の不正があれば、これはまた別の世界のことになりますが。

私は、「土地」は個人のもの(公共物は勿論別です)だが、ある意味公共財の意味合いも大きいと考えています。宅建業者としては、所有権は個人特有の権利だと喧伝する方が儲かるかも知れないが。一般的に言って、あまりにも個人の「所有権」が強すぎると思います。自分のものだから、額に汗して苦労して買ったものだから、自分だけのもの。

もちろん「土地基本法」など、公共の福祉に供するという側面もありますが、基本的には「個人尊重」主義で、私はこれが強すぎると思います。従って道路中心線から2㍍下がれと言われても、下がったフリをしながら、植木の鉢を置いたりする。流石に、この部分を花壇にする人は少ない。

ここからが私の提言です。今年7月に書いた文章を掲載します。
謹啓
みなさまお元気ですか、私は松野不動産株式会社の会長をしております松野誠寛と申します。町内に産まれ育ち、今年65歳の前期高齢者の仲間入りをしました。
余命20年と考えて昭和30年代からの、仏生山町内の繁栄をもう一度と考えて、その手段として「特定非営利活動法人(NPO法人)仏生山魂再開発フォーラム」を立ち上げて、一番の仕事として、平池堤の平成乙女の像の新像ブロンズ化に努力しております。
法人の目的及び事業につきましては裏面をご覧頂くとして、ここでは具体的事業について、私の考えるところを書かせて頂きます。

松ノ下団地は、今から40年近く前に造成された団地で、仏生山駅徒歩10分程度の距離に有り、大変人気のあった団地の一つでありました。
しかし、道路幅員が4メートルあるやなし、また水路や電柱が有り、「狭いなあ」と誰もが思う現状であります。

そこで提案ですが、幅員が4メートルあるところで50㎝の敷地を道路に提供していただけないかと願っております。両方で100㎝になり、その部分をNPO法人に寄付いただき、さらに高松市に寄付して道路幅員を5メートルとしたいと考えております。
すでに郵便局から東の県道交差点で、50㎝の提供を頂き、心持ち車の交差がスムーズになっております。

今の時代、市や県を頼っていては、何の改善にもなりません。良くしようと思えば、自らが考え行動することだと考えて提案するところであります。
謹白

これは自分たちで、道路を拡幅しようと提案するものです。土地は自分たちのものですが、公共財の側面もあります。50年前に施工された道路は、今では狭いと使い悪さを感じるのは仕方のないこと。市道だから市が何としてくれる時代は、もう永遠に来ないでしょう。より一層民間の知恵と、提供が必要になると思います。

加えて道路のことです。先の団地の道路は「高松市道」ですが、「私道」の道路も数多く散見されます。道路設置から10~30年程度したら、市が寄付を受けて「市道」にすれば良いと思うのですが、管理上の責任が発生するなど危惧して、市は寄付採納を受けません。

所有者不明の土地の取り扱いが脚光を浴びるなか、私道の取り扱いも何とかしてもらえないだろうか。特にライフライン(上下水道やガス管)を敷くための私道掘削承諾書は、私道に隠された実務上大きな問題です。

私道でも、特定行政庁(香川県・高松市)が決めた基準で道路施工をすると、準市道のような扱いを受けて、その道路に2㍍以上接道していると建築することが許可されます。「道路位置指定」という制度ですから、民間の行う開発事業に多く用いられているものです。ただし、先の私道掘削承諾書は別物です。最初の導入時は、問題にならないだけに、忘れた頃に問題が表出します。

私道ですから、所有者がいます。民間開発業者であったり、建築業者が名義人として多いのですが、中には周辺の関係者らが1/10づつ、共有という登記もあります。仮に10人の共有登記になっていれば、掘削同意(私道掘削承諾書)は全員にもらうことになります。10人の内、死んでいるのに名義が換わっていない登記もあります。

また掘削のたびに承諾書が必要です。そうたびたび穴を掘るものではないのですが、それにしても30年50年となると、何度かその災難にも遭遇します。ここからは割愛して、一度承諾をもらえればそれを登記に繁栄したら、次の人はそれでもって掘削することができるようにすれば、良いと思うのですが。

とにかく世界でも狭小の国、日本。その中で、香川県は最小県。香川県から全国へ発する法制改革、そんなのができるとも思いませんが、常に自らの意見を言い続けて、少しでも良くしたい。そんな思いを込めながら、今年は最後まで紅白歌合戦を観ました。

私が紅白歌合戦の最初から最後まで観たのは、人生初めてかも知れません。こんな茶番は嫌いだと、うそぶいていた若い頃。されど紅白歌合戦は偉大です。安室奈美恵さんご苦労様でした。桑田佳祐さん、ありがとうございました。これをもって、2017年の会長日記の最後にさせて頂きます。良い年をお迎え下さいませ。ありがとうございました。


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| 社長日記 | 11:30 PM | comments (0) | trackback (0) |
仏生山商工振興会年末大売り出し抽選会2017
同会主催の恒例の餅つきと抽選会が、仏生山町コミュニティセンターで行われました。私も昼から後片付けまで、毎年のことですが当番です。麺職人の頃は、手伝いが出来なかったもので、その頃の罪滅ぼしの意味も私にはあります。今日でも、仕事しながら当番の、武下重美仏生山商工振興会会長のような人もいます。やれる者がやる。

大売り出しと抽選会は、半世紀以上は続いていると思います。しかし餅つきは、ここ数年のことです。自分たちの息子世代が、数多く参加してくれています。聞くと帰省で、かみさんの実家に帰っているという人までかり出されています。続けて参加していると、もうそこには友情も芽生えてきます。

抽選会場へ行って、1番に目に飛び込んできたのは、特選3万円の当選者札です。2本ありましたがその内の1本に「仏生山町・片山」とありました。同級生の水津繁美に、「(片山)秀和?」と聞くと、「そうや」。3日前に急逝した片山の家族が引き当てたらしい。

そうか、仏生山商工振興会の役員を長くしていた片山秀和への会からの香典かと私が言うと、「みんなそう言うとる」。あくまで抽選ですから、やらせはありません。念のために。

私も若い人の顔はあまり分かりませんが、知っている会員に聞くと、「山下(辰美)の孫」とか、そう言われてみると確かに似ている。確かに時間は経過している。生まれる命、彼岸へ渡る魂、場所はここ仏生山町で変わっていないのですが、主人公は次々と次世代へ受け継がれています。

仏生山商工振興会の会員も、年々減少しています。抽選会がいつまで続くも定かではないのですが、少なくても来年はまたここに来ていると思います。





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| 社長日記 | 10:23 AM | comments (0) | trackback (0) |
迎春の準備は墓参りから2017
正月休みに入りました。会社の掃除は、昨日の午後から社員総出で行われました。家の中の掃除もあるのですが、なんとなくまず「お墓さん」の迎春準備から。松野家の墓は法然寺の北門から入ったところの少し高台にあります。また、法然寺境内に「社会福祉法人竜雲学園」があります。うどん店もあるのですが、墓参必需品の一式が販売されています。

かみさんが花を求めて買いに行っている間に、私が墓石や花筒の掃除や草抜き等をします。そうこうしているところに、墓地の管理を法然寺から委託されている「障害者支援施設・竜雲あけぼの学園」墓守りの一行が下の墓のいくつかに花を手向けて、掃除をしています。聞くと遠隔地在住の墓主からの依頼で、5,000円で墓掃除と、500円/一束の花を。



法然寺は、冥加金を年に一度徴収しています。私もその集金担当者の1人ですが、町内からの集金は全体の2割程度で、その他は法然寺が直接集金しています。このお陰で、環境は抜群に便利。水は井戸水が、バケツも杓も無料で提供されています。全くの手ぶらできても、すべて販売されています。車も置けて、蚊もいない。

また今年も出会いましたが、(株)ビーバーホームズ の吉原龍生さん家族。聞くと月一で来ているとか、先祖を大切にするのは日本人以上。また、お盆に会えると思います。これで墓は、迎春の準備が整いました。まずはひと安心。次は、自宅の片付けへ。



その前に、今日の日本経済新聞朝刊の一面トップに、「土地相続登記を義務化」が大きく取り上げられています。小欄にも書きましたが、「空き家問題」も課題ですが、日本の登記制度もここへ来て問題が山積しています。ここは私のビジネスにも関係する所で、タイトルが目に飛び込んできます。



現在は任意となっている相続登記の義務化や、土地所有権の放棄の可否などを協議し、具体策を政府は本気で取り組むようです。そもそも不動産登記制度は、登記できる状態にあれば、先に登記した方が勝ちというシンプルなものです。自らの権利を主張するなら、登記しなさいと言う趣旨。もちろん建物表示登記など、ほんの一部は義務ですが、罰則はありません。

小欄でも過去に取り上げましたが、右肩上がりの土地神話の時代は、「得する」から登記を必ずしていました。「損をする」から登記しないというのはよく分かります。登記には、「登録免許税」や司法書士への報酬が必要になります。損ばっかりするから、登記はどうでも良い。やはり、法律で規定するしかないと私も思います。

過去の小欄へ


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| 社長日記 | 10:31 AM | comments (0) | trackback (0) |
今年最後の営業日になりましたありがとうございます
大勢のお客様、関係業者の皆さんのご贔屓で、今年も無事営業の最終日を迎えることができました。ありがとうございます。また今日は同級生の告別式とも重なって、複雑な心境です。65歳で、私は厚かましく後20年間生きると考えて、今年は2度の左目の手術をしました。そんな私の決心を打ち砕くように、友が彼岸へと旅立ってしまいました。

今年の一年を振り返って、私は2度の手術と次男の成婚が来年3月に決まったことが、なりよりの重大事件でした。個人とか会社とか、内的にはまずまずの一年だったと喜んでいます。来年の年賀状も、1千枚少し出すことができました。目の不具合もあって、手書きは一枚もできませんでした。申し訳ない思いで一杯です。

外的な出来事の重大事件は、ドナルド・ジョン・トランプアメリが大統領の誕生と、北朝鮮の核開発やミサイル実験、それに加えてイギリスのEU離脱の三つです。今日は真ん中の、北朝鮮の核開発やミサイル実験について少し考えてみます。

北朝鮮はその昔、日本が大東亜戦争と呼んでいた第二次世界大戦の時、日本が統治していた満州国の一部です。もともと北朝鮮は工業国で、今の韓国が農業国で、南の野菜や穀物が北朝鮮へ送られていました。そのために、北朝鮮は経済的に裕福な国であって、その時に稼いだ金の一部が、アフリカの後進国へ援助されていました。そのせいで、アフリカに北朝鮮支援国が多いのです。

その北朝鮮にあって、最高指導者の横暴が目立ちますが、暴君はまず兄の金正雄を抹殺します。囁かれている噂ですが、中国が北朝鮮の最高指導者を換えようとしたのを、金正恩がそれを阻止するために兄の金正雄を殺害したと言われています。2人の顔を見ても、金正雄が人間性溢れる顔をしています。弟は、それを許さなかったのか。

北朝鮮についての最高機密(そんな大したことではありませんが)の一つに、「りほうし」の存在があります。横田めぐみさんの祖母と言われています。「りほうし(りまさこ)」をネットで検索すると、写真が出てきますが、横田早紀江さんとそっくりです。私も講演記録で聞いた話ですが、金正恩は間違いなく日本人のように思います。

だから北朝鮮が日本を擁護するとはとても思えませんが、それだけタブーと言われていた問題(現象)も、やがてオープンになるように思います。2019年には、天皇陛下も換わります。明治維新から150年の来年、明治維新の裏が表に出るのではないかとも思っています。もう絶対的秘密というのは、存在し得ないような時代になると思います。


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| 社長日記 | 09:59 AM | comments (0) | trackback (0) |
突然の訃報に唖然とした同級生の急死
小学校から中学校まで、義務教育を一緒に過ごした片山秀和君が逝去したというFAXが、武下重美仏生山商工振興会会長から届きました。私は前日、車に乗っていた彼を目撃しています。その夜遅くに、病院に搬送されたのではないかと言われています。65歳の彼岸への旅立ちは、あまりにも早い。

私はうどん屋、片山秀和君はおかし屋のせがれ。何れもこの時期は、家業が1年間で1番忙しいとき。22日前後の冬至は、そばを食べる習慣があって、うどん屋も大忙し。その次は、大晦日の年越しそばやうどん。片山秀和君のところは、この時期「正月の餅飾り」の餅づくりに忙しい。

そんな彼の存在で、印象的だったのは「野球と消防団」。野球は中学校時代にやっていて、その後は知らないが、草野球は選手兼監督もやっていたと聞く。あわせて熱心だったのは、仏生山消防分団の団員としての活躍。自宅が屯所の近くにあることも手伝って、いの一番に駆けつけていた。団員が集まらないうちに出庫して、叱られたとも聞いている。

消防団も定年引退制度があり、片山秀和君も今は現役ではない。仏生山消防団も、一部と二部があって彼は一部に所属していたのですが、今からもう25年も前になりますか、消防活動に使うCB無線を出力の大きいアマチュア無線に変更するとして、私なども受験指導に行ったことがあります。片山秀和君の自宅の屋根には、数本のアンテナが今でも上がっている。

仏生山郵便局の隣に自宅併用店舗があり、私も郵便局へはよく行くので、彼は今でも熱心にアマチュア無線をやっているのだなと、感心していました。私などはインターネットの普及と共に、アンテナもすべて撤去して、その世界から足を洗っています。当然片山秀和君は、マイカーにも無線機を搭載していたほどです。

このように身近な人間が彼岸へ渡ると、次は自分かと思ってしまう。今日の通夜も、同級生は少し。明日は年末28日、それなりに忙しい私ですが、告別式には列席します。通夜式に孫さんらしい姿はなかったのですが、同級生の急逝に大きなショックを受けています。


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| 社長日記 | 10:11 AM | comments (0) | trackback (0) |
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