まつけんブログ

所有と経営は分離するな2020年09月15日

私はオーナー経営者ですが、

経営者をやめるときは、オーナーもやめるつもりです。

次の経営者や従業員、つまり現役で会社に所属している人たちに

オーナーの立場もわたすつもりでいます。



そうしなければならないくらい、

いまのオーナー(株主)が持つ権利は強い。

しかも会社が存続する限り、その期限もない。

これが格差社会が生まれる理由です。



創業者が引退したあと、

凡庸な子孫が後継者になることを防ぐために、

「所有と経営を分離する」

という考え方があるわけですが、

そもそも、経営に関係しない人間が

会社を所有するということ自体がおかしい。

「所有者」と「出資者」は分けて考えるべきでしょう。



私が考える「所有者」とは、会社のすべて、

すなわち人事やルール、会社の存亡に関わることまで

その一切をコントロールできる権限を

持っている人です。

「出資者」のほうは、

出資した金額に応じて配当を得る人です。



現在の会社法では、「株主」に

この両方を与えています。

これを「所有者」と「出資(配当受領)者」の2つに分け、

なおかつ従業員を「所有者」と、

株主は「出資者」に限定するのが

本来の有り様だと思います。



つまり、会社のことはすべて従業員が決める。

株主には一切権限を与えない。

出た利益のいくらかを配当としてもらうだけ。

とすべきです。



すべてをコントロールできる権限があれば、

そこにいる従業員は大いに輝きます。

売上を上げれば給料もすぐに上げられるし、

休みたいときは自由に休める。

自由に、思う通りに生きられる。

それだけでこの世界の閉塞感は無くなります。



買収先の経営に口を出したフォードやルノーは

マツダや日産をダメにしました。

お金は出すが口は出さない株主のおかげで

ボルボやランドローバーは上り調子です。

これは会社の大小を問いません。



そもそも、会社とは従業員の生活の場です。

生活の糧を得て、いろんな試練に立ち向かう。

人としての生を全うするために存在する

コミュニティ(小さな国)のようなものです。



ですから、そのコミュニティは当然

そこに所属している人たちによって決定され

運営されなければならない。

カネを出したからといって、よその国の人に

自分の国をコントロールされていいのか?

そういう当たり前のことを言っているだけです。



社内の閉塞感が消え、従業員が輝き出せば

おのずと売上も利益も増えます。

増やしてからもらえばいいじゃないですか。

先に自分の取り分を主張する、

人から搾取することに熱心な人が多すぎますね。



というわけで、かたちはこれから考えますが

当社のような小さい会社の場合は

(経営者を含む)従業員が現役のうちは

株主になってもらい、会社を離れるときは

残る人たちに株をわたして去る

ということにしようと思っています。