2016,12,21, Wednesday
報道によると、第2次世界大戦中に多くのユダヤ人を救った「命のビザ」で知られる日本人外交官、杉原千畝(ちうね1900~86年)が進めたリトアニアからの救出劇の成功の背景には、ソ連領を通過するユダヤ人から経済的利益や軍事情報を得ようというソ連側の狙いがあったことが、ロシアの歴史研究家らの共同研究でわかった。
ソ連は極東に逃れるユダヤ人をモスクワに送り、ボリショイ劇場や高級ホテルへの宿泊をさせてからのちに、シベリア鉄道で極東ウラジオストックに移動させて、日本へ渡し、アメリカへ逃がした。難民1人の「旅行代金は」は、200ドル程度だったと推定されている。 当時の200ドルは巨額で、多くの難民は親戚や慈善団体の支援などを受け、ようやく支払ったと言われている。また杉原千畝の軍事情報収集能力を、ソ連が高く評価していた実態も明らかになりつつある。日本への電報は、ソ連に解読されていた。 ソ連のしたたかさは、このように人の不幸もお構いなし。私はこれまでリトアニアから、難民がどのようにして極東へ行ったのか疑問に思っていました。そこには「親切なロシア人」がいたのですね。 |