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竹中右門さんの便りに渋澤栄一のことば
今月7日の昼過ぎ、統一地方選挙前半戦の期日前投票へ出向いていたところに、竹中右門さんのご子息さんから『竹中右門死去』の知らせが、スマートフォン(スマホ)に入ってきました。昨年9月5日に、右門さんから手紙を頂いておりました。闘病中であるが、「早く良くなってまだまだやることが沢山残っております。闘志を燃やして残る人生を最大努力して頑張ろうと思って居ります」このように書かれていました。

その数日前に架電が有り、「元気ですか」と会話したところでした。電話は病室からでも出来ますが、手紙となると一苦労すると思います。事実この手紙にも、「まだまだ書きたい、お話ししたいことがありますが、二日に渡って書きましたお便りこの辺で失礼をさして戴きます」と結ばれていました。達筆で、衰えは全く感じられませんでした。

竹中右門さんは83歳、盛和塾の塾長追っかけ仲間の一人でした。熱心な塾生で、奥様とご一緒が多かったと記憶しています。後に聞いたのですが、明治大の先輩でした。『盛和塾駿台会』の代表でもありました。親分肌の先輩でした。駿河台の明大リバティータワーで、板東玉三郎氏の講演を主催されていました。無料招待でした。

それより何より、竹中右門さんは、私の2010(平成22)年9月変形性頸椎症頸椎弓形生術(大津病院・木原俊壱先生)入院手術の立て役者でした。同じ盛和塾生の成田仁孝氏を紹介して下さり、そこから首障害のあった数人の塾生が救われました。これを『首友』と称して、成田さん竹中右門さんを崇めていました。

話しを手紙に戻しますが、先の手紙の中に渋澤栄一のことばが添えられていました。『吸収魔・建白魔・結合魔』吸収魔とは貪欲に勉強し、学んだことや見聞したことをどんどん吸収して身につけてやまない。建白魔とはこうした方が良いという企画を考え、提案してやまない。結合魔とは人と人を結びつけ、異なる業種業態の仕事を結びつけてやまない。この三つを普通のレベルではなく、魔がつくほど徹底してやる。

これを読んだ時、そうか『魔』かと思い、その後の私の行動のエネルギーとなったのは間違いありません。息子さんのことばの最後に、「後日お別れの会を名古屋で開催し、案内を差し上げます。是非お越し下さい」とありました。勿論参加しますが私も、明日はわが身と考えています。後悔のないように、今を一生懸命生きていきます。




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| 社長日記 | 09:41 AM | comments (0) | trackback (0) |
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