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香川県西北部三豊にカルデラ跡かジオガイドの前川久則氏が発表
香川県の西讃地方、三豊市北部の地下に、約1400万年前の巨大噴火で出来たくぼ地『カルデラ』跡が存在する可能性が高いとの調査結果を、観音寺市在住の前川久則(68)氏が発表したと地元紙に大きく報道されています。前川久則氏は、香川大学認定のジオガイドと言うから、当然香川大長谷川教授の意見も反映されていると思われ、まんざらの発表ではないと私は見ています。

昨秋、ジオガイドの下見で弥谷山の中腹にある四国霊場71番札所・弥谷寺(いやだにじ・三豊市三野町)を何度も訪れ、南方に広がる風景を眺めていて「阿蘇カルデラに似ている。カルデラ噴火ではないか」と疑問が浮かんだそうだ。下高瀬の一帯は、弥谷山のほか火上山、爺神(とかみ)山、七宝山、汐木山などの点在する山々に囲まれた平野で、古三野津湾と呼ばれて古くは海が入り込んでいた。

前川久則さんは、ここでカルデラ噴火が起きていたとすれば、台地状の『メサ』や火山岩頸部を形成している周辺の山々の地質とも符合すると仮設を立てた。高松市仏生山町周辺で、1991年に発見された『高松クレーター』がヒントになったという。高松クレーターとは、高松市仏生山町周辺にあるクレーター状の地下構造。重力異常によって、高松市内の地下にクレーター状の地下構造が存在する事が判明した。それによりこの地下構造は、『高松クレーター』と呼称されるようになった。

調査の結果、衝撃石英が発見された事もあり、隕石のような小天体の衝突を成因とする仮説が裏付けられたかにみえたものの、実際には古代の噴火口の跡との説が有力である。1990年代初頭に渇水の時期があり、豊富な地下水が期待されていたが、調査の結果は芳しくなかった。当時地元仏生山では、隕石が堕ちた跡が地下にあり豊富な水がそこにあるのではないかと期待が膨らんだ。

結果隕石跡とは確認されず、噴火跡つまりカルデラ説で落ち着いた。当時不動産鑑定士吉野伸先生が、東京新宿のオフィースで私的勉強会を主宰されていて、その席で高松市仏生山町の紹介をする際にこの『高松クレーター』が大いに全国的注目を浴びたのを、昨日のことのように思いだします。その頃は『隕石跡』説が期待されて、結果は残念となりましたが、ここへ来て『カルデラ』の活字を目にして、30年前が蘇りました。

前川さんは、下高瀬のある地点でのボーリング調査のデーターがインターネットで公開されているのを見つけ、柱状図から地質の深度分析などを調査した。また、重力図によると、掘削地点付近を中心とした同心円状に負の重力以上が認められ、その直径は約3~4キロに及ぶとしている。これらの点から『カルデラ跡の存在がほぼ確実であると推定している』と、結論づけている。

前川さんは先の30年前の『高松クレーター』の第一人者・長谷川修一教授の指導の下、10月27~29日に千葉県で開かれた日本ジオパーク全国大会in関東でポスター発表を行った。同時に長谷川修一香川大学特任教授(地質工学)が重力異常の有無について検証し、『三豊コールドロン』(三豊カルデラ跡)と命名したとも報じられている。


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| 社長日記 | 08:52 AM | comments (0) | trackback (0) |
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