■カレンダー■
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
<<前月 2024年05月 次月>>
■お問い合わせは■
松野不動産電話番号:087-888-0011
■過去ログ■
社長日記過去ログ
■メニュー■
松野不動産ホームページ
■管理者■
ADMIN ID:
ADMIN PW:
■新着記事■
■カテゴリー■
■月別アーカイブ■
■リンク■
■その他■
■来訪数■
合計: 2331484
今日: 604
昨日: 2253

突然の訃報に唖然とした同級生の急死
小学校から中学校まで、義務教育を一緒に過ごした片山秀和君が逝去したというFAXが、武下重美仏生山商工振興会会長から届きました。私は前日、車に乗っていた彼を目撃しています。その夜遅くに、病院に搬送されたのではないかと言われています。65歳の彼岸への旅立ちは、あまりにも早い。

私はうどん屋、片山秀和君はおかし屋のせがれ。何れもこの時期は、家業が1年間で1番忙しいとき。22日前後の冬至は、そばを食べる習慣があって、うどん屋も大忙し。その次は、大晦日の年越しそばやうどん。片山秀和君のところは、この時期「正月の餅飾り」の餅づくりに忙しい。

そんな彼の存在で、印象的だったのは「野球と消防団」。野球は中学校時代にやっていて、その後は知らないが、草野球は選手兼監督もやっていたと聞く。あわせて熱心だったのは、仏生山消防分団の団員としての活躍。自宅が屯所の近くにあることも手伝って、いの一番に駆けつけていた。団員が集まらないうちに出庫して、叱られたとも聞いている。

消防団も定年引退制度があり、片山秀和君も今は現役ではない。仏生山消防団も、一部と二部があって彼は一部に所属していたのですが、今からもう25年も前になりますか、消防活動に使うCB無線を出力の大きいアマチュア無線に変更するとして、私なども受験指導に行ったことがあります。片山秀和君の自宅の屋根には、数本のアンテナが今でも上がっている。

仏生山郵便局の隣に自宅併用店舗があり、私も郵便局へはよく行くので、彼は今でも熱心にアマチュア無線をやっているのだなと、感心していました。私などはインターネットの普及と共に、アンテナもすべて撤去して、その世界から足を洗っています。当然片山秀和君は、マイカーにも無線機を搭載していたほどです。

このように身近な人間が彼岸へ渡ると、次は自分かと思ってしまう。今日の通夜も、同級生は少し。明日は年末28日、それなりに忙しい私ですが、告別式には列席します。通夜式に孫さんらしい姿はなかったのですが、同級生の急逝に大きなショックを受けています。


| http://nobuchin.0011.co.jp/index.php?e=4001 |
| 社長日記 | 10:11 AM | comments (0) | trackback (0) |

PAGE TOP ↑