2016,09,29, Thursday
日常では、なかなか350ページ全六巻を読むことは困難であります。かみさんの親友栗原ファミリーのパパが、6月一緒に金沢へ行ったときにこれが良いよと薦めてくれたのが「菜の花の沖」全六巻でした。
封建社会の江戸時代にあって、身分や国境を越えて活躍した海の男、高田屋嘉兵衛の波乱に満ちた一代記が綴られています。高田屋嘉兵衛は、実在した北前船の船頭です。1769年、淡路島の貧しい農家に生まれた高田屋嘉兵衛は、菜の花畑の先に広がる大海原を疾駆することを夢見て育つのです。 逃げるように裸一貫で島を出た嘉兵衛は、やがて天才的な商才を開花させ、北洋の新航路を開拓し、日本一の大船主となるのです。その絶頂期に、ロシア帝国と日本との紛争に巻き込まれるが、捕らわれの身でありながらロシアとの外交交渉にあたり見事に解決して日本へ帰り、菜の花の綺麗な故郷に落ち着く。 司馬遼太郎さんの『菜の花の沖』の主人公になった高田屋嘉兵衛は、北方交易や択捉島(えとろふとう)開発などで活躍した豪商です。ロシア修好の先駆けにもなりました。 北海道から更に北の、これまでに知られていない航路も次々に開いていきます。先に北前船の船頭と書きましたが、それには飽き足らぬ高田屋嘉兵衛でした。自らの意志とは別の力に押されて、彼は今の世に言う北方領土からサハリン、オホーツク海まで当時の大型船といえども木造船で航海します。 司馬遼太郎の命日である2月12日は、彼が愛した菜の花にちなんで「菜の花忌」と呼ばれているが、その名称の由来ともなったのが本作、淡路島出身の豪商・高田屋嘉兵衛が主役の海洋ロマン『菜の花の沖』である。北前船から、函館を基地として更に北進、今の北方四島を含めた地域へも渡る。 一説では、秀吉と並ぶ不世出の英雄と言われた高田屋嘉兵衛。NHK大河ドラマにもなったこの作品は、単なる出世物語に終わらず、家族との確執や嘉兵衛の末路までをも描き、奥行きのある人間模様を見事に描ききっている。 百田尚樹の「海賊と呼ばれた男」が上下2巻で出版社から嫌われたと聞きますが、菜の花の沖は6巻です。途中で確かに飽きるところも、私の読力ではありましたが、これからの時代これほどまでの雄大な作品は現れまい。 生まれ故郷の菜の花を、終生愛したと言われる嘉兵衛。大河ドラマの映像の冒頭とラストで印象的に使われる菜の花畑は、嘉兵衛の成功への夢の源であり、帰り着く場所であったのかもしれない…。私は残念ながらこの大河ドラマを見ていない。 そのように嘉兵衛って、みんなあまり知らない。私も栗原ファミリーに教えられて、読み始めたのですから。しかし太田啓太先生は、その全六巻を読んでいた。それを私は遺品として頂きました。嘉兵衛について熱く語っているのは、経営者か司馬遼太郎ファン、あとは高田屋の本店があった北海道・函館の人くらい。 そんな高田屋は、2代目のときにロシアとの密貿易の疑いをかけられて、幕府にほぼ全財産を没収されています。それでも残った財産で商売を続けていたのですけど、高田屋という店があったのは3代目まで。4代目からは勤め人です。 結果として高田屋嘉兵衛の働きは、NHK大河ドラマを見た人以外、そう多くは知るよしもない。三菱財閥を作り今に続いている岩崎弥太郎などは、ごくまれなケースでしょう。しかし高田屋嘉兵衛の働きは、何らかの形で今に続いているように私には思えてならない。 |
2016,09,28, Wednesday
公益財団法人不働産流通推進センターが主管する、「不動産有効活用専門士」の特別勉強会が9月28日東京渋谷の渋谷カンファレンスセンターで開催された。第1部は「大日本印刷市谷工場計画」を、担当された㈱久米設計の倉田充氏と上田克彦氏の両部長から詳細な説明を受けた。
約14.2ヘクタール(約4.3万坪)の広大な土地に、東京都と都市計画・地区計画変更まで相談し、綿密な計画で平成20年から取り組んで、8年経過した今も工事が継続中で一部使用を始めているスケールの大きいプロジェクト。業務を止めることなく、順次解体新築を続けている。 計画では、大規模工場の機能更新に伴う土地の高度利用に合わせて、道路の整備や周辺住環境と調和した緑豊かなオープンスペースの確保を進め、良好な市街地環境を形成することを目標に掲げています。 流石東京での、大規模開発案件です。直接のクライアントは日本一の印刷会社と言われている「大日本印刷」ですが、周辺に「市谷の杜」を創り、周辺住民が利用できる地域開放型スポーツ施設までも作るという計画です。 キーワードは、ずばり高層化と地下利用。新宿区の高度制限は30㍍であったのを、総合計画の中に落とし込み高さ制限120㍍まで持ち上げて、建ぺい率(建築面積の敷地面積に対する割合。建築面積率)は40%に引き下げている。 専門的な話で難解なところもあるのですが、敷地全体の地下に工場を作り、その上に断熱材を敷いて水の通路も確保しさらに1.5㍍の土で覆い、そこに植樹をしています。目に見える地上部分では、4割が建物で6割が緑地などになって森の中に高層建物が建っています。 第2部は、「渋谷駅周辺地区再開発の全貌を知る・見る・触れる」という座学と現場見学。㈱東急設計コンサルタント大場雅仁本部副部長の「世界都市・渋谷の百年の計とヒカリエ開発」講演から始まり、「渋谷駅街区土地区画整理事業」の説明を聞いて、渋谷駅街区工事現場へ入ります。 地方都市に生活していると、豊洲問題が奇異に感じるが、時を一にした22㍍地下の見学は、豊洲市場の地下に入った気がする。コンクリートに触れても見たが、丁寧な打設がされていて完成後はほとんど人の目に触れることがない場所の施工も精度は高い。 また大都会の区画整理事業が、こんなに減歩率が少ないのかと驚愕した。敷地整序型土地区画整理事業が施行されている渋谷二丁目21地区の減歩率は、0.24%に納まっている。 高松での太田第二地区区画整理事業は、20~30%が普通の減歩率。道路や公園などの設置が義務づけられる区画整理事業だが、ここ渋谷では違う社会貢献で容積率を2床分稼いでいる。ここは高層化が一つの特徴です。 始まりは、平成17年渋谷駅周辺都市再生緊急整備地域の指定にある。渋谷を東京の顔にする計画で、まず平成24年に敷地面積約9,640㎡(約3千坪)、延床面積約144,000㎡(4.4万坪)の渋谷ヒカリエが完成した。高さ約182mで、容積率1370%、通常感覚の2倍の容積率(建物の延べ面積の敷地面積に対する割合)になっている。 日本初の都市再生特別地区と敷地整序型区画整理で完成した渋谷ヒカリエは、この公共貢献による割増容積率のために、その8階は文化施設として提供されている。事業計画に社会貢献を入れて、ご褒美を頂いている大都会の事例を眼下にした。 特に渋谷にあっては、事業主体が渋谷川まで移設をして、ゲリラ豪雨のための地下プールを備えている。このプールは完成後、東京都下水局へ寄付をする。ここでは都庁職員も、民間とともに日本初に燃えて良くなる工夫に貢献している。 |
2016,09,27, Tuesday
日本で働いて生活している外国人が、なんと230万余人もいると法務省が今年6月末の数字を発表している。そんなにいるかと思う反面、狭い香川県内でも中讃や西讃へ行けば、かなりの数の外国人に遭遇する。多くが群がっているから、分かりやすい。
聞くと冷凍食品加工とか造船業とか製造業に多くが就業しているようですが、彼らの主な移動手段は自転車です。数人が束になって移動したり、ファミリーレストランで飲食したりしている。そして楽しそうに会話をしている。やはり日本は、治安が良い。 在留外国人数は、中長期在留者と歴史的経緯から永住が認められた朝鮮・韓国籍などの特別永住者の合計です。国籍別では1位中国、2位韓国3位フィリピンで、この順位は変わっていないのですがこれ以外に不法残留者数が、6万人を超えているという。やはり日本は、外国人にも住みやすい? ベトナムが17.5万人増で、「技能実習」の名目で滞在し、ネパールの6.6万人は「留学生」となっている。日本人の若者(15~39歳)で働かない者が、54万人もいると聞いてびっくりしたところですが、彼らを含めて日本の若者が現場作業を嫌う傾向が強い。 簡単に言うと「肉体労働は嫌だ」「らくして儲けたい」という願望が強い。だから、学歴を付けたがる。私も大学へ行っても勉強しなかった過去の体験から、偉そうなことを言えた義理ではないが、大学や専門学校へ行ったとしても数年就業が伸びるだけで、免除されるわけではない。 それならば仕事を好きになり、自ら楽しんで仕事をすることが働くことの幸福になると思うのだが、「好きな仕事に巡り会わない」と言い訳をして働かない。親が生きている内はまだ良いにしても、両親がいなくなったらどうするのだろうか。 話を在留外国人に戻すが、私は賃金制度にも問題があると思う。私の知る限りの話だが、日本で働く労働者は日本人であれ外国人であれ、障がい者であっても「同一労働同一賃金」が原則です。ドイツなどは、難民移民は正規労働者の半額程度というので、ドイツは難民を積極的に入国させていたのでした。 国が言う「同一労働同一賃金」の理由は、外国人労働者は優秀な人だけを入国させているから平等、障がい者へは思いやりから「同一賃金」だという。裏を返せば、だから障がい者を雇用できないのだと言う陰口もある。雇われる側からすると、「安くても良いから」という気持ちがあっても、払う側には平等が求められる。 日本国は積極的に移民難民を受けつけない方針だが、日本人の人口が減って、働かない若者が増えたら、業種業態によっては外国人労働者に頼らざるを得ない現場も出てくる。日本の働かない若者よ、自衛隊へ体験入隊も新しい人生のドアーになるかもしれない。2週間辛抱したら、バラ色の人生が開ける?!! |
2016,09,26, Monday
安倍晋三首相が日本の首相として初めて、キューバ訪問を決行した。国連総会のついでのようなタイミングになっているが、アメリカとキューバの国交回復から時を置かず、絶妙の間の取り方だと感心しきり。外遊が得意の安倍晋三首相だが、キューバは実に面白い。
キューバはある意味、北朝鮮と似通っている。経済的にも衰え、もはや自国の努力だけではどうにもならない状況がある。道路や上下水、建物から社会インフラ整備までが半世紀は遅れている。日本からの製品を待っている。勿論新品のみならず、中古も十分有益だと思う。 先のバラク・オバマ米国大統領のキューバ訪問で、両国の間に「文化交流」程度の約束は出来たようだが、安倍晋三首相は日本からキューバにがん診療などの医療機器機材約13億円弱の無償供与を申し出て、キューバからの大歓待を受けている。 一方キューバの遅れたインフラの現状は、日本企業にとって垂ぜんの的であろう。自動車にしても、50年前の豪華アメ車がほとんどを占めている。排ガス規制どころか、大きすぎる自動車で交通渋滞もままならない。修理部品ももうない。 またキューバ国内のバスはほとんどが中国製で、もうすでに耐久性に限界があり、観光途中にもよく壊れるとか言われている。何もかもが不足しているキューバ、そして余っている日本国内のものものもの。 第一キューバ人の、例えばキューバ革命を率いたフィデル・カストロ前国家評議会議長(キューバ一の有名人90歳)にしても、弟のラウル・カストロ国家評議会議長(85歳)にしても、その顔つきから敵意は感じられない。親日的だと思う。 400年前に、仙台藩主・伊達正宗の命でローマを目指していた支倉常長が1614年にキューバに立ち寄って以来の既知。一度も戦火を交えたこともなく、宿敵であったアメリカと戦ったことのある同志日本国というのも、日本側の言い分だが友好国の印象がある。 安倍晋三首相のキューバ訪問で、今年のプロ野球ストーブリーグの話題は、大リーグを経験したことのない若手選手が日本へ来るというニュースが飛び交うかもしれない。キューバ人選手にとっては、これまでは米大リーグへ行くと将来ビジョンが決まっていたが、身の回りの製品がメードインジャパンになれば。 今すぐは日本人観光客も入りづらいが、5年もすればマイアミをしのぐ観光地になるのではないか。位置もマイアミより南にあり、亜熱帯気候のキューバ。観光客より先に、商社マンが行くのだろうが。いよいよ北方領土に王手がかかった。 |