2024,01,20, Saturday
2024年、いよいよ香川大会開催の年を迎えました。2020年に第56回大会として鋭意企画進行していたモノですが、新型コロナウィルスの感染拡大に伴いやむなく中止の憂き目を余儀なくされました。大学関係者の高配もあり、最速4年後の開催がいよいよであります。全国大会は準備の都合からも、数年先まで開催地が内定しています。割り込むようになりますが、10年先となると熱意が冷めて去る人も増えてきます。
冒頭に図師泰支部長(アイフォーンの音声認識機能では『ずこやすし』)の挨拶がありましたが、私と同学年ということからも、大会開催に対する考え方がよく似ています。世代間格差や、昨今の全国大会の傾向も熟知しています。昨年大会は名古屋、その前には金沢大会もありました。その石川県での『能登半島地震』、被災された皆さまにお見舞い申し上げるとともに、ご冥福をお祈りしております。 香川大会は今年9月28日(土)と29日(日)の両日、サンポート高松やJRホテルクレメント高松で開催予定であります。先の愛知大会(名古屋開催)の登録者数は844名だと聞いています。四国高松だと交通の便が悪く、しかし初めてだという意見もあって夫婦で来高すると、1千名にも届くかと今の段階では全くの手探り状態であります。 私も実行委員の一人として、先の金沢大会は夫婦で参加したり、名古屋大会は、ランチョンセミナー(大会当日の午前中に開催105人)や、翌日の名古屋観光(日帰り35人)も見てきました。生きている内に、もう二度とないイベントであります、後悔することなく、存分にやってみたいと張り切っています。金も時間もかかりますが、冥土の土産となることでしょう。特に図師泰支部長は同期です。叙勲祝賀会では、大変盛り上げてくれました。昭和の言葉で死語になりつつありますが、『男にしたい』そう考えています。 全体を通じて、讃岐国香川県が生んだ弘法大師空海の残したお接待の心を胸に刻みながら、『おいでまーせ お接待の心 うどん県』をキャッチフレーズに、香川県をアピールする絶好の機会と捉え、世界の宝石とも称えられる瀬戸内海を舞台に、全国からお迎えする校友の心に残るおもてなし溢れる大会となるよう鋭意努力して設営してまいります。 私にあてがわれた担当は『物産』ですが、過去の大会ではその地の名物の即売が主流でしたが、図師泰支部長は紹介に留める意向です。どこでも同じモノを販売していることや、JR高松駅ビル完成で土産販売も恐らく充実することから考えても、『盆栽』や『団扇』『オリーブ商品』等の商談(勿論趣味の世界も含み)や交流が出来るブース設営も良いかなと考えています。 いずれにしてもこれから秋に向けて、心ワクワクする日々が続くことでしょう。その前には、心ハラハラもありますが。一番の心配は、災害。そして当日近辺の天候です。悪天候で飛行機が飛ばない、マリンライナー号が強風のため運休となると、陸の孤島であります。最悪の事態も考慮し、慎重に計画を進めて参ります。たくさんの皆さまに、無理を申します。 |
2024,01,19, Friday
『数千年に1回』とされる地殻変動は、石川県輪島市で最大約4メートル隆起を生じさせるなどし、各地の漁港が壊滅的被害を被っていると聞く。漁師さんの高齢化もあって、廃業の危機も透けて見える。石川県内最大の漁獲量誇る輪島港の海底が、3,4メートル上がったという証言もある。波止場施設も大きな被害をうけて、漁業の網や養殖のそれらにも被害が大きい。
国土地理院は人工衛星のレーダー観測で、輪島市や珠洲市で数メートル単位の隆起が発生したと推定する。近年の地震では突出した高さで、現地調査をした専門家も「非常にレア(まれ)なケース」だと驚いている。机上論では想像出来ない現実が、現場では山積している。名古屋大の山岡教授(地震学)は、能登半島は地震による隆起を繰り返しながら形成されてきたとし、変化した地形に人間活動が合わせるしかないと強調する。 私はこれら地方の隆起で、人々の営みがどうなるか、どうなるべきかを論ずるつもりはないのです。今日のマイオピニオンですが、災害地でない日常生活がまかり通っている日本国内での話しですが、土地の分筆に関して不動産登記法を向こうに回して、異議を唱える者であります。この部分の専門家は『土地家屋調査士』ですが、不動産売買に際して、『分筆』(1筆の土地を2筆以上に分けること)は、避けて通れない作業であります。 現行では例えば1千坪の土地から10坪だけを切り取るとしませんか。過去には(平成17年あたり?まで)この10坪だけを測量し、新しい地番を付けて地積を確定していました。ところが不動産登記法の改悪で、わずか10坪でもまず元の1千坪とその周囲を測量して、ここに誤りがなければ次の作業をして宜しいとなりました。 日本全国1千坪余を測量すると、周辺には道路や水路など公共物が必ずあります。要するに合わないところが算出し、そこは民間(分筆申請をした人)が時間とお金をかけてまず訂正をする義務を負わされています。私は分野が異なるのですが関連先、土地家屋調査士から費用負担の説明を受けるたびに、登記担当公務員には田舎(実家)がないのかと叫びたくなる自分を抑えかねていました。 批判を恐れず言うと、大枚をはたき所有権を得た土地と言えども、地球から借りているモノだと私は思うのです。地代は固定資産税です。右手に所有権、左手に固定資産税を持って人は、「俺の土地だ」と雄叫びをあげているのです。ここまで書くと、先の10坪測量方法が何と愚かなことか。ましてや能登半島地震からの復興に、こんなバカなやり方で良いモノだろうかとつくづく思う。 GPSを駆使し、どれほど正確に測量したとしても、土地が隆起したり動くとなると、私はさほど意味のあることとは思えないのであります。いろいろな機会に遭遇し、どうしても業務関連付けをしてしまいます。ちなみに先の固定資産税ですが、全国一律で1.4%となっています。2.1%まで可能とされていますが、1.4%✕72年=1.008となっています。 |
2024,01,18, Thursday
恒例の賀詞交歓会が18日、クレメント高松で開催されました。来賓の池田知事は公務欠席でしたが、大山智副知事が知事の祝辞を代読してくれました。来賓祝辞は続きますが、異口同音に『能登半島地震災害』の見舞いが冒頭に入ります。賀詞交歓会ですが、正月の挨拶は漏れても見舞い言葉は続きます。
交歓会は、香川宅建に関係する議員先生から首長、業務関連業者と主役は会員さんです。県下一円12支部から、会費を払ってやってきています。会員さん同士の交流会ですが、今日ばかりはまさに無礼講。コロナ禍では開催もありませんでしたが、今日ばかりは盛り上がっています。わずか2時間でしたが、坂出支部長・植條敬介氏紹介の余興も盛り上がりました。司会の荒井孝子さんもお疲れ様でした。大勢が二次会へ繰り出したことでしょう。会員総会では飲酒の機会がありませんが、こうしてみると一杯やるのも良いものですね。 さて本日の主張ですが、当事者の私の口から言うのは問題でしょうが、能登半島震災での問題、また空き家問題の解消も、不動産業者を上手く使うことを考えたら今以上に問題解決は合理的だと思います。例えば今、全国津々浦々分譲マンションが数多く建設されていますが、50年後100年後の解体対策は手当されていません。一案ですが今後建築計画では、『定期借地権』を使って建築します。現存の分譲マンションの価格に比べて、概ね百万から二百万円は安くなります。これを国が供託金として預かり、解体時まで保管します。 マンションデベロッパーは、建てることで収益を上げます。土地が『所有権』でも『定期借地権』でも、外観は何ら変わるところはありません。またマンション購入者も、土地が所有権だろうが借地権だろうが、住まいすることに何ら違いはありません。問題は定期借地権での土地の入手に際して、仲介報酬があまりにも安すぎるのです。定期借地権では、賃料の1ヶ月分だけと規定されています。これでは不動産業者も働きません。 だから定期借地権が施行から32年経っても、『定期借地権マンション』の建設は進みません。国交省は、定期借地権に関する報酬を改めるのです。土地の売買仲介よりも、一層定期借地権仲介に報酬をはずむのです。現行の『定期借地権』は賃貸媒介(仲介)の範疇で、賃貸媒介報酬の1ヶ月分報酬の原則が定着しています。これを法体系から、『定期借地権売買』として売買契約の範疇とする。さらに新設することから、売買契約仲介業務報酬に、5%・4%・3%の区分けがありますが、それ以上は2%・1%とすることも一案。 定期借地権契約の仲介は、手間暇かかるのです。土地を今売却するより、50年100年賃貸する方が、土地所有者の懐は潤います。このような報酬改定は、別の場合ですが、一部で既に導入されていて実効が上がっています。田舎の空き家売却では、土地建物で100万200万円という物件もたくさんあります。これでも400万円として報酬が、売主から貰えるように改定され効果を上げています。国はわれわれ不動産屋を、上手く使うことです。新しいステップ、国土交通省職員は誰か読まないかなこれを。 |
2024,01,17, Wednesday
1995(平成7)年の阪神大震災は17日、発生から29年となった。6434人が犠牲となった大災害だが、私の人生で経験した大災害の走りとなった災害でありました。このあとが、2011(平成23)年3月11日の東日本大震災、それから今年元日の『能登半島地震』と続く。勿論その前後にも大災害は、例えば熊本地震などが発生したのですが、記憶はこの3つになるのです。
その先達となった阪神大震災から29年、ハード的には今では傷跡も残らず復興が出来ているようですが、ソフト面では犠牲者6434人やその家族は今でも傷跡は消えない。しかし災害の多い、災害から立ち上がるのも強い日本の阪神地方は、復興が出来たと言えると私は感じていました。次の東日本大震災からは、13年目を迎える。10年経過し、遠隔地の四国から見ていると、終わりはありませんが、一応の復興がなったとみています。 今は何と言っても能登半島地震の被害、発生から18日を経過して現場では、警察消防自衛隊や日本各地の自治体からの援護職員も入り、懸命の復旧が続いています。今日からは、アメリカ合衆国からの支援隊も入り、空からの輸送に力を貸してくれています。今回の能登半島地震は、これまでの大震災と異なり、この地方独特の地形からも、困難を極めています。 一つは鉄道・道路網の復旧ですが、鉄道は言うに及ばず道路もずたずたのようです。元の海岸沿いの道路も山手からの土石流の崩壊で、道路が寸断されていて、復旧には時間と費用がかかりそうです。限界集落とは申しませんが、半島の付け根に集落が点在しています。これまでの災害復興と様相が違っています。毎日少しずつ成長する中学生は、県内ですが50キロも離れた白山市に集団移転して、学習の歩を止めない措置がとられています。 教育委員会のこの判断に、私は英断として賛意を贈りたい。恐らく国内初のことだと思いますが、前向きで特に3年生は受験を控えています。最善を尽くす大人の努力に、こどもさんも何かを感じてくれると信じています。先の小欄でも書きましたが、電気も水道もないところで避難生活をするより、みなし仮設住宅=空き賃貸アパートへの引っ越しも一考に値すると私は思います。新しい災害と捉え、これまでの復興対策以上の知恵を前向きに発揮して神戸のように、一日も早く笑える日を迎えて下さい。 |