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朝のLCCジェットスターで成田空港へ
何度目かのジェットスターですが、用心して1時間前に高松空港へ入りしました。高松はもう10日になりますか、毎日雨で、わが家のサツマイモの収穫も全部は出来ていません。大半7割程度はかみさんが堀だとしたと言っていますが、次のタマネギ・ジャガイモの作付けが出来ません。それよりも日曜日の、「高松秋のまつり仏生山大名行列」の片付けも出来ていません。

また大型台風21号が日本へ接近のニュースも流れ、各地でイベント中止が報道されています。氏神さん熊野神社の秋大祭も、この日曜日ですが、お下がりは中止かもしれません。高松で開催予定の全国水道集会も、期間短縮で開催になったようです。

私はこれから、パプアニューギニア国へ行きます。位置は日本から飛行機で6.5時間、赤道を越えたところ、日本との時差は1時間、オーストラリアの北です。台風21号の影響は、避けられるようですが、万一の航空機遅延も考えて、早めの便にしました。もっとも成田空港直行は、一日2便です。羽田経由も考えました。

早めに着くことで成田空港から、JR稲毛駅へ45分、お客様のところへ行きました。最近の不動産売買取引では、どうしても売主が高松へ帰れないという場合が稀にあります。この機会を利用して、お目にかかることにしました。田舎を出て大都市に住んでいる人の、実家の売却が進んでいます。

最近の取引では、団地内道路の幅員が4メートルで、水路や電柱が道路にある団地は、自主的に50㎝後退を「特定非営利活動法人仏生山魂再開発フォーラム」で訴えています。今の時代県市は、最低幅員4メートルある県道・市道の道路拡幅には公費を出して改良するという余裕は皆無です。

民間で、自主的に後退して道路を5メートルにしようと企てています。そうしないと、団地が死んでしまいます。コースとタウンになっては、その周辺も没落します。それを意識してか、売主買主共に企画には協力的です。勿論千葉の所有者と、この団地とは関係ありません。偶然話が、丁度重なりました。


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| 社長日記 | 09:31 PM | comments (0) | trackback (0) |
日本の開発協力の起源by渡辺利夫
オイスカ四国研修センター設立50周年記念事業国際協力講演会と、長いタイトルの講演会でした。副題に、「八田與一を中心として」と併記されています。渡辺利夫氏は現オイスカの会長ですが、拓殖大学の学長総長として有名な学者です。本日は、日本統治時代の台湾について、僅か40分ですが持論を展開されていました。

明治維新から来年で、150年を迎える日本。明治27年の日清戦争は、明治維新から僅か27年、国際社会にデビューしてよちよち歩きの日本が、大国中国に挑んだ戦争です。日清戦争に勝利した日本は、台湾を得ます。その台湾を日本は、児玉源太郎台湾総督や後藤新平、そして八田與一らを中心として、統治をします。

その統治思想というか開発思想が、今考えても世界的に優れた植民地統治手法であったというのが、渡辺利夫氏の論旨です。まず社会環境の整備から始めます。次に台湾銀行を作り、集めた金でインフラ建設をします。キールンから高雄の港までの縦貫鉄道を、この時作りました。三番目は、熱帯病の撲滅です。

また国立大学も、東大京大らに続いて台湾にも確か六番目ぐらいに作りました。台湾統治の際に、日本国内と同じレベルの社会にするという当時の日本人の心意気が現れています。そして「グリーン・リボリューション(農業革命)がおこります。稲作の改良改革です。日本へ輸出が出来るまでの生産量を、台湾でおこします。

そして大学卒業後直ちに訪台した、八田與一の治水開墾が同時に進行します。明治時代は、「公に尽くすという時代精神」だったと渡辺利夫氏は熱く語る。現代人のいかがわしさと、大きく異なる明治の先人の活躍を紹介していました。


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| 社長日記 | 09:47 AM | comments (0) | trackback (0) |
オイスカ四国研修センター設立50周年記念式典
オイスカ・インターナショナルは、「すべての人々がさまざまな違いを乗り越えて共存し、地球上のあらゆる生命の基盤を守り育てようとする世界」を目指して、活動を続けています。オイスカは地球環境を考え、開発途上国の産業開発事業の推進と友好親善に取り組む国際NGOです。

OISCAの綴りは、Organization(機構)・Industrial(産業)・Spiritual(精神)・Cultural(文化)・Advancement-Internationalとなります。まず研修生に、日本語の指導から始めます。最初は苦労する外国人研修生ですが、退所する頃には立派に日本語をしゃべるようになります。

昭和43年3月、オイスカ活動の根幹でもある国づくりを担う「人づくり」活動の拠点の一つとして、香川県香南町冠瓔神社境内の一角にプレハブ建屋で四国研修センターが開所しました。その後、昭和56年12月、施設拡充を機に現在の綾歌郡綾川町 (当時の綾南町) 陶の丘陵地に移転し、今日に至っています。



四国研修センターで学んだ研修生は、農工業合わせて38カ国約1,600名に及びます。帰国した研修生の多くは、国づくりの第一線で活躍しており、来日の折に研修センターを訪ねてくるOBOGの姿は、自信と誇りに満ちています。またその輝かしい姿が、今いる研修生の大きな励みとなっています。

未だ世界は宗教や民族の違いによる紛争、またそれに伴う環境破壊や南北格差による貧困問題等、深刻な状況にあります。四国研修センターでは開所以来、民族宗教、文化等異なる研修生同士が職員と寝食を共にしながら同じ屋根の下で研修に励んでいます。

ある大学生ボランティアが、四国研修センターを後にする際に言った言葉が、今でも印象深く残っていると萬代保男センター所長は言うのです。「ここには小さな世界平和があります。これが世界中に広がればきっと・・・」。

日本人三好東曜さんのパフォーマンス

初代所長藤岡精二氏から現在の萬代保男センター所長まで、7代の所長が1,600名を育てて、それぞれの国へ送り返して彼らが活躍をしています。本日は、公益財団法人オイスカ会長の渡辺利夫氏の記念講演会がありました。別に機会に、是非紹介したいと考えています。



私は21日から、パプアニーギニアのラバウルへ行きます。オイスカラバウル研修センター開設30周年記念式典に、参列します。太平洋戦争で多くの日本人が戦死したところで、私も頭を垂れて哀悼の意をひょうしたいと願っています。



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| 社長日記 | 12:57 PM | comments (0) | trackback (0) |
第45回商業界中・四国地方ゼミナール
おかやま未来ホール(イオンモール岡山5F)で、表題のゼミが開催されました。私は会員ではないのですが、奨められて参加しました。過去に一度、安達俊彦氏が高松開催の実行委員長をしているというので、聴講した記憶があります。1万円ですから、安くはないと感じましたが結果は得したような記憶があります。

「正しい商売の考え方」を標榜し、1951年52歳の倉本長治さんが「店は客のためにある」と主張し、第1回商業界ゼミナールを開催したと説明書きにあります。全国80カ所の規模を有する「商業界」ですが、中・四国に9同友会があり、持ち回りで毎年ゼミナールを開催しています。

安達俊彦氏は退社したことから退会したのか、今は在籍していないようです。今回の岡山大会は、「あきない激変」とタイトルが書かれています。ゼミは4部構成で、昼からの鴨頭嘉人先生(東京カモガシラランド社長)、「マクドナルド伝説の店長が伝えるやる気を引き出す極意」は自らの体験をネタにした話で、当たり前のことを言っているのだが、大変興味深く聞き入った。



リーダーシップを発揮する3つのステップ
1. これは私の問題だ!
2. 自分に何が出来るだろう?
3. よし!やってみよう!!
自分の仕事の価値に気が付いたら、このような動機付けになる。

鴨頭嘉人先生は、自ら「世界を変える男」と称して、「ハッピーマイレージプロジェクト」を一人実践している。ハッピーマイレージカードを作って、喜びを与えてくれた人に差し上げている。極めつけは、一方通行逆走で交通違反切符を切った警官に、「事故を防止してくれてありがとうございます」と渡したそうだ。

タクシードライバーは、世の中の困っている人を助けるスーパーヒーロ。朝声かけてくれるコンビニ店員は、日本人の第2の家族。ゴミ拾い作業員に至っては、街の環境創造業者。毎日6.4万人の乗降客で賑わう池袋駅前のキヨスク店員さんは、街の挨拶リーダーだと、一見嫌がられる仕事に就いている人の仕事の価値を再発見して伝えている。

第3講座は、マーケティングコンサルタント藤村正宏先生の「激変の時代あなたに出来ること」と、自らが考案した体験を売るという実践的マーケティング手法「エクスペリエンス・マーケティング(略してエクスマ)を紹介している。すでに800社以上の経営者が、実践塾を体験しているとか。





SNSを駆使して、業績を上げることにも言及している。著書に明治大学卒と書かれていたもので、2冊買って、マリンライナー号車内で読んでみました。「つながりで売る!7つの法則」は講義で聞いた話で、はっきり言って1,400円は高い。講義内容は、聞かせるものがありました。

全部で4講座だったのですが、飽きることなく聞き入りました。来年は10月17日(水)に、「サンポートホール高松」の大ホールで香川同友会(商業界同友会と言うそうだ、中小企業家同友会とは違う)が主催になるようです。開催地運営委員長は奈良茂子(ら・なら)さん、香川大会事務局は洲崎礼衣子(大渚亭)さん、会長は対馬健三(タケヤデンキ)さんです。



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| 社長日記 | 10:35 AM | comments (0) | trackback (0) |
公益社団法人香川県宅地建物取引業協会設立50周年記念式典&祝賀会
昭和42年5月の設立から、先輩らの尽力により協会が50年の月日を経ることになりました。この良き日に、国土交通省からまた磯崎仁彦参議院議員や浜田恵造香川県知事、大西秀人高松市長ら大勢の来賓、また全国宅地建物取引業協会連合会(全宅連)の伊藤博会長ら47都道府県の会長らをお迎えして、加えて宅建ファミリー共済など協力業者らも駆けつけて記念式典が厳粛に、また祝賀会が賑々しく行われました。

会場のJRホテルクレメント高松の飛天の間に、高額な会費を払って240名の香川県宅建協会会員さんが、また来賓関係で100名のお客様が集まっています。そして会場外には50の生花が並んでいます。全国の協会からの贈り物です。話には聞いていましたが、これほどまでの高価な花が並ぶと、思わず「おう」と声が出ます。

式典は10時半から、そして祝賀会は12時半から行われました。全国宅地建物取引業協会連合会(全宅連)の会長らは、一部昨日から高松入りしていて、会話も弾みます。私も数人の会長は顔見知りで、彼らも好き勝手言います。故植本義明会長が20年前に30周年式典をしましたが、その頃は私もすべてを知る訳はないのですが、変わって来ているなと感じました。

この50周年はこれまで先輩らが築いてきたもの、これからの50年は現役のわれわれが築いていく結果。来年4月からはインスペクションと呼ばれる「建物目視検査」が実施される法改正がなされています。平成24年からわれわれが取り組んできたことの法制化です。このようにより安全安心な不動産取引が行われるように、業界も一層襟を正して行かなければならないと決意をしたところであります。


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| 社長日記 | 09:23 AM | comments (0) | trackback (0) |
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