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航空整備士のかなりマニアックな飛行機豆知識
飛行機がいなくなったと大騒ぎをしています。無線通信が途絶えて6時間も飛行していた?との憶測も出ていますが、今のこの時代に、分からないものなのですか。飛行機のトラブルは、緒を引くと言われていてとても心配です。しかし、そんな心配はしないで下さいと素人にも分かる飛行機の解説書があります。

もうどのくらい前になりますか、高松空港のJAL搭乗口に、標題のA3手書きの解説書がさりげなく置かれています。Vol13は、「補助エンジン(APU)編」です。私も飛行機が好きで、飛行機に関する資料はいろいろと目を通すのですが、これは標題にも書いてあるように、「かなりマニアックな飛行機豆知識」です。最初の頃から私は読んでいて、感心しています。

池田塾の池田清一郎塾長もこれについて例会で触れていて、書いている本人と面談をしたように話しをされていましたが、私は書いている本人を知りません。整備士さんであることは間違いのないことですが、かなり(失礼(笑い))高度な知識の持主であると思います。第一絵が上手です。

13号は補助エンジンについての解説ですが、写真のように文章も絵も手書きです。文章はともかくとして、絵は大変です。本当に知り尽くしている感がします。なかなかこれだけの絵は描けません。私のような画才のない者には、このような詳細図を書ける人は垂涎の的であります。土地家屋調査士香西昇氏も、絵はうまい。

勿論内容の具体的な部分は分かりませんが、補助エンジンが果たす大切な役割は、よく分かります。補助エンジンをもう少し日本語で正確に表現すると「補助動力装置」、英語ではAuxilialy Power Unitsと言うそうですが、略称はAPUです。

目的は、飛行機に電源と圧縮空気を供給するために装備されています。地上設備が整っていれば、電源や空調などをそこから得ることが出来ますが、すべての駐機場で、地上設備が整っている空港はそう多くはありません。日本国内にも100を超える空港があります。確かに設備は、バラバラです。

設備がない駐機場で出発前の準備や、到着後の作業などをする際に必要となる電源や圧縮空気を供給するために、APUが使用されます。また主エンジンの始動は通常飛行機を駐機場から押し出しながら行いますが、APUが使えなければ、駐機場で電源ケーブルをつないだまま主エンジンを始動し、急いでかたづけてから飛行機を押し出さなければならず、私たち整備士にとっては大変骨の折れる作業となります。APUさんありがとう。

ちなみに高松空港には、APUが使えない時に使用する電源車とASU(エアスターターユニット=圧縮空気を供給する装置)がありますが、その重さは、電源車が800㎏でASUは5300㎏の重さだそうです。737型機のAPUは180㎏です。APUは、スリムで力強い頼りになる奴だそうです。面白い記述です。飛行機に、愛情を感じます。

飛行機誘導について、もう一つ。私は着陸時、駐機場へ飛行機をピタット止める地上誘導係の人、「グランドハンドリングスタッフ」と言うようですが、操縦士に羽子板のようなもので合図をします。「マーシャリング(機体誘導)」と言うそうですが、あれも好きです。大きな機体が、小さな羽子板で動きます。勿論人の手を介してですが。





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| 社長日記 | 08:24 AM | comments (0) | trackback (0) |
本当に英語が話したいキミヘ
確か羽田空港だったと思います。天候調査を条件に、高松空港へ着陸できない時には、羽田へ引き返す条件付のフライト。私はこのケースに何とか遭遇しましたが、全戦全勝です。一度も高松空港へ降りなかったことは、ありません。しかし念のために、本を買い込んで搭乗したのですが、その際に衝動的に手にしたものだと思います。

著者はプロサッカー選手の、「川島永嗣」さんです。彼は現在、「スタンダール・リエージュ」でプレーしています。ご存知のように彼は、キーパーです。そのため選手とのコミュニケーションが欠かせません。

そんな環境も手伝ってか、川島永嗣さんは、英語・イタリア語・ポルトガル語・スペイン語・オランダ語・フランス語をしゃべるように努力したと書いてあります。ラテン系の言葉は、似たところがあって横横へ比較的抵抗が少なく修得が進むと言っています。しかし、オランダ語とフランス語は難儀したとも書いています。

幸か不幸か私は、日本国内の不動産を何とか動かして、その仲介で収益を得ようとしていて、海外へビジネスのために行くという立場にはありません。海外へ羽ばたく不動産デベロッパーもいますが、私の目指すところではありません。そういう言い訳も手伝って、還暦を過ぎた今でも、日本語以外は理解できません。

それでも最近は、川島永嗣さんも書いているように、いろいろな場面で英語が必要になると感じています。身近なところでは、外国人相手の例えば「建物賃貸借契約」であったりします。髙松にいてさえ、瀬戸内国際芸術祭2013や第3回高松国際ピアノコンクールなどで、外国人が多くなりました。

もともと知りたがり屋ですから、高松へ来ている人らに、困っていることはないかと声がけがしたいのですが、恥ずかしながらしゃべれないのです。過ぎたことはもう仕方がないので、これからの生活の中で、何とか出来ないものかと焦っています。

極めつけは、昨年11月バリー・J・パーマーライオンズクラブ国際会長が広島へ公式訪問のために来られたのですが、このような時に、何とか最小限の自分の考えを自分の言葉で伝えられないかと、非常に歯がゆい思いをしました。

せめて英語と韓国語と中国語が分かるように、もちろん日常会話のレベルで良いのですが、コミュニケーションをしてみたいと考えています。また懲りもせず、スピードラーニングも再開しました。単語集も買い込んで、ウォークマンに入れて持ち歩いています。電子辞書もあります。

川島永嗣さんは本の中で、「よくどうやったらしゃべれるようになるのか、どうやったら勉強を続けることが出来るのか、聞かれます。その度に、10分でも15分でも良いから、とにかく時間をとって語学に触れることが大切、と答えます」。と書いています。

また「よく、どうしてそんなに多くの語学を同時に学べるのかと聞かれますが、むしろ並行して勉強するからこそ、より効果的に修得できるのだとも書いています。

そして彼も日本人です。日本人の悪いところにも的確に触れています。

よく日本人が外国人に言われることとして、「日本人はすぐ笑ってごまかす」というのがあると思います。これは話の内容を理解できていないのに、つい笑って返してしまうことが多いからだろうと思います。

理解できていないのに分かったフリをするほうが、よほど相手に失礼ではないでしょうか。わからないから、別の言い方をして欲しい、わかるように話して欲しい、と伝えることは、コミュニケーションを一歩前に進めるために必要なことだと思います。

まさにご指摘の通りです。私が発憤したきっかけとなったバリー・J・パーマー国際会長との接触についてご存じない方は、下のクリックを押してみて下さい。

バリー・J・パーマー国際会長が広島へ公式訪問

| http://nobuchin.0011.co.jp/index.php?e=2618 |
| 社長日記 | 09:21 AM | comments (0) | trackback (0) |
被災者の宮本嘉二からのうれしい春の便りです
震災から3年が経過し、復興も順調に進んでいるかに見えますが、同じ場所にあってもその人の考え次第で、まだら模様になっているようです。今日は、宮本嘉二の義兄の佐々木正彦さんが経営する「プロショップまるか」(石巻中央商店街)の話しです。

私も被災の傷跡が生々しい4月の初旬、石巻へ行って、この店の瓦礫の撤去をほんの少しだけ手伝いました。捨て場の瓦礫の山も、生々しいのを幾つか見ました。自衛隊の給水車が、いたるところで活動をしていました。自衛隊は頼もしいなと、改めて胸が震えたのを今でも覚えています。

それだけ「プロショップまるか」が復活して、商売が軌道に乗りつつある状況を聞いて、本当に嬉しくなります。佐々木正彦さんのご自宅は、石巻市内の繁華街からかなり離れた田舎にあります。その分だけ、災害とはあまり縁のないつまり無傷な地域にありました。

私はここで、風呂にも入れて頂きました。被災者の宮本嘉二の家は、風呂はもちろんのこと便所も手動水洗で、佐々木邸で大きなサイズの用も足しました。(笑い)それは冗談ですが、佐々木さんも透析を受けながらの身で、災害復興に実に貢献をしています。

現在、石巻市内の民間賃貸借り上げ(みなし仮設住宅)は約4,400戸、プレハブ仮設は約6,400戸。平成27年から28年にかけて、災害公営住宅は4,000戸が完成予定と言われていますが、それでも不足しています。小欄に何度も書いていますが、復興の「見える化」は、「住宅と仕事」の充足です。

いつまで経っても仮設住宅では、これからのビジョンが描ききれません。補助金・賠償金を貰ってパチンコへ行く親父の姿も多いと聞きます。仕事をしないでパチンコ三昧で夜は飲み屋に入り浸り、こうした被災者もいるようで、被災者嫌いという人も出てきているようです。

もはやここまで来ると、国や県・市町を頼っていては駄目です。自分が何が出来るか。自分が何をするかで、これからの人生は大きく変わることでしょう。悪いのは公共機関ではありません。心のあり方だと私は思うのです。

まるかはここをクリック

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| 社長日記 | 09:32 AM | comments (0) | trackback (0) |
愛媛県宅建協会新居浜支部での説明
四国連携の構成員の一つ、愛媛県宅建協会の新居浜支部へ来ています。香川県宅建協会の中には12の支部がありますが、各支部長の温情で四国連携パッケージ商品(①インスペクション②補修見積もり③シロアリ検査と1年保証④シロアリアフター点検(1年後)⑤住宅履歴情報登録)などの説明の機会をほぼ得ました。

私のつたない説明でも、やはり書面やインターネットの説明より臨場感(現場感覚)があるのか、インスペクションの利用が広がっています。四国内4県の全宅連系協会には3,500の宅建業者が加盟していますが、みなさんがすでに四国連携の会員でもあるのです。

従って、中古住宅の売買仲介を依頼された際には、四国連携パッケージ商品の提供をすることが出来ます。残念ながら、そんなの聞いていないという宅建業者さんが多くいますが、はっきり言って情報は自分からとる時代です。待っていたら与えてくれる情報は、もうすでに情報の鮮度を持っていません。

自分からいち早く優位な情報勝ち取り(全員に均しく周知文を発送済み)、それを使ってビジネスチャンスにするべきです。本日は初の県外での説明会でした。とは言いながら、本当は2度目ですが初回はスケジュール(都内での国土交通省主催の集会参加のため)の都合で、私はスピーカーとして宇和島へ行けませんでした。従って本日が、私にとって初めての県外進出です。

その最初の場所が新居浜というのは、私にとってはとても意味があるのです。本日の冒頭でもお話しましたが、この地は大先輩「白石富祥」の「トミナガ不動産」の発祥の地です。私も香川で好かれているとは思ってもいませんが、それよりトミナガ不動産は好かれていなかったと思います。

それでも私にとっては、刎頸の友でした。知り合ってからはそんなに長くなかったのですが、私の悪評を聞いて、白石さんが私を訪ねてきてから、付き合いが始まりました。まもなく40周年を迎えるREG(Real Estate Group)が、20周年記念イベントをした時にも、彼は高松へ高みの見物に来ていました。

その白石さんが逝去されてもう10年になります。私は新居浜で行われた告別式の後の骨揚げまで残りました。高松からの弔問客はほとんど葬儀告別式後に帰路につきました。大雨でしたが、ほとんどの人が高松へ辿り着きました。私は「白石富祥」の涙かと思う大雨のために、高松へ帰れなくなってしまいました。

2日目も足止めを食ったのですが、高速道路ほか東へ移動する道路がすべて寸断されていました。私は東へ行けないのであれば、西へ行ったらどうかとまず考えました。西へ向かい四国を半周して高知周りで帰れなくもない。しかし北へ向かって、しまなみ街道経由であれば山陽道高速道路を使ってより早く高松へ辿り着くのではないかと。

この時、私の前を行く1台の香川ナンバーの車がありました。信号停止の際に、勇気を振り絞り、「高松行きですか」と聞いてみました。「琴平や」と彼は言うのです。やったやはりこのルートであれば帰れそうだ。前の車もETCを装備していて、全くのノンストップで瀬戸大橋から高松へ入りました。それは琴平中野うどんの社長でした。

新居浜と言えば、まずそんな10年前のことを思い出します。その地で本日この2年間の四国連携の活動成果の発表をしました。私の本意は、こんなことをしたがどうだ素晴らしいだろうというのではなくて、納得されたらどうぞお使い下さい。そして共同仲介で、共に儲けを得ませんかというプレゼンです。

私の根底にある考え方は、「共同仲介」です。それともう一つ、「脱口入師」です。今は不動産価格が値下がりしていて、そのために報酬額も下がり続けています。しかし四国連携が目指すそこには、愛媛県下だけでも7万戸の空き家があります。これを商品化するのです。

今まで商品でなかった空き家を商品に出来れば、商材がざくざくです。同時に今月14日の日経新聞に掲載されたように、国土交通省が標準契約書を作るという「借主が入居時にリフォームする」ことが許されるようになれば、四国内にある空き家(推定20万戸)の65%が商品になる計算が出来ます。

こうなると、喧嘩して奪い合う必要がなくなります。大判小判がザックザクです。十分共同仲介の構図が、成立します。まず賃貸を定期借家権契約で行います。読んで字の如く、契約期間内だけ賃貸借しますという契約方式です。普通に行われる契約は、普通借家契約と呼ばれる契約方式です。

定期借家契約は、約10年前に誕生した法律を根拠にしていますが、さほど普及をしていません。われわれの不勉強も、普及を遅らせている要因でもあります。空き家は登記簿を見ると、そこに住んでいる父母の所有になっています。しかしその父母は、ここには居住していない。どこか施設か病院にいます。

キーマンは固定資産税納税者です。多くの場合、固定資産税は長男などの子供が支払っている場合が多いのですが、その所在は近所の人も分かりません。防犯防災の意味からも、空き家は問題を包含しています。貸すなどの処置が適正に執られる方が、家にもプラスになります。家は使ってなんぼの世界です。

このように時代が、「中古住宅流通活性化」に向けて動きはじめています。創意工夫をして、使えるものを使って喜んで頂き、それがビジネスとなるというのは、宅建業者の本懐です。そんな手応えを感じた、新居浜支部研修会でした。香川県宅建協会12支部での扱いは、話す時間は20分~1時間以内ですが、ここでは2時間許されました。

2時間あれば、空き家の賃貸借契約も「全宅管理(全国賃貸不動産管理業協会)」に入会(月額2,000円)されて、ここからの蓄積されたノウハウを使えば、相続発生までの管理業務も何不自由なく行えます。そのようなつながりから、全宅管理入会促進も説明が出来ました。良い1日でした。だんだん良くなっています。

事務局西尾さん提供


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| 社長日記 | 08:20 AM | comments (0) | trackback (0) |
TIPC第2次審査会
第3回高松国際ピアノコンクール(TIPC)は17日、第2次審査を終え、第3次審査に進出する6カ国10人が発表になりました。私も昼時、ちょこっとのぞきに行きました。本日は9名が45分の持ち時間内に、2~3曲演奏をしていました。とは言いながら私が聞いたのは、エントリー№25の森田義史さんと№26韓国ノ・イエジン女史の2人でした。

森田さんの演奏は、迫力のある立派な演奏でした。ピアノが生き物のように、高音から低音まで実に幅広く、音階が躍っているようでした。残音が残る鍵盤を叩き、またある時は、残音が全くしない状態で音を切ります。音階を広く使うのは、まるでフィギアースケートの選手が、リンクを広く使って躍動するのに似ています。

次の演奏の、韓国ノ・イエジン女史は月並みですが女性らしく、繊細なタッチでしかしある時は立ち上がって鍵盤に挑んでいました。二の腕が細くて、大丈夫かと思わせる風貌ですが、この人も私は合格のように感じました。それぞれが違ったピアノに向かっていました。演奏毎にピアノが替わります。

このサンポートホールのピアノは、「ファツィオリ」と「スタインウェイ」がそれぞれ2台あるようですが、かなりいいピアノが常置されていると聞いたことがあります。しかしピアノという楽器は奥が深いものですね。弾き手によって音色が替わります。

ほんの冷やかし程度ですが、当日チケットも1,500円です。その筋の人も多く来ていたようですが、私のような音痴でも、静かにしている分には迷惑にもなりません。どうか時間を作って、是非冬のオリンピックイヤーに開催されているTIPCへお越し下さい。

前回告知した高松出身の鉄さんは、通過できなかったようです。第3次審査に進出したのは、男性4人女性6人。日本が最多の4人です。第3次審査会は19日に行われ、22日の最終選考に進む5人が決まります。1回の審査毎に、半分に絞られています。これも分かりやすくて良いです。2人に1人でですが、しかしこれが超難関のようです。



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| 社長日記 | 09:13 AM | comments (0) | trackback (0) |
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